アジトの中で、唯一先程の凄まじい衝撃の被害を受けなかった場所がある。
 それは、団長であるドロッチェのために作られた、キッチンルームだ。
 熱中しすぎて1日中こもりっきりになることがあるドロッチェを考慮して、空調設備が整った比較的広めなその場所では、
 調理にしてはやけに物騒な音が響いていた。

―ザクザクザク

「何で…」

―ザクザクザクザク

「何で何で何で」

―ザクザクザクザクガンガンガン

「おい、壊すんじゃねぇぞ」

―ガコッ

「分かってるよ!! お前に言われたくないね!! つーか、何でお前がここにいるんだよ! 今すぐ出てけ!!」
 横から投げかけられた声に、スピンは麺棒をクラッカーが入っている器に一際強く叩きつけると、クワッと歯を剥いた。
 噛み付かんばかりに睨み付けるスピンに、ディノは腕を組むと、思いっきり馬鹿にして笑い返した。
「ドロッチェが困ってっから手伝ってやってるんだろ?それぐらいも分からねぇのかバーカ」

―ガンガン…ベキィッ

「お前なんか…どっか行っちゃえー!!!」
 スピンは心の奥底から叫ぶと、真っ二つに折れた麺棒を両手に持ち、ディノへ向けてぶん投げた。
 対するディノは、ニィッと口端を吊り上げると冷気を放出し、飛来物2つを凍らせる。
 勢いを失った麺棒は、ディノに届くことなく床へ落下し、耳障りな音を立てて砕け散った。
「やれやれ…。ストロン、麺棒の予備はあるかい?」
「…ある、けど…」
 飛んできた破片を慣れた様子でヒョイと避けてドクが問い掛けると、
 ストロンはクリームチーズを混ぜていた器を上に持ち上げて破片を避け、コンロに向き合っていたドロッチェに視線を送った。
「団長…あれ…もう良い?」
「む?」
 視線に気が付き、ドロッチェはスピンが置いた器の中を覗き込んだ。
 恨みを込めて砕かれたクラッカーは、風が吹けば吹き飛びそうなほどサラサラになっている。
「凄く細かく砕いたなぁ。次はこれを入れて混ぜてもらえる…か…?」
 ドロッチェはとかしバターが入った器をスピンとディノの方向へ差し出そうとして、
 そこで初めて2人が険悪な雰囲気で睨み合っていることに気が付いた。
「ど、どうした??」
「何でもないよ〜。あ、とかしバターだ。混ぜたら型に入れて冷やすんだよね?」
「そうだが…」
「じゃあ、やっておくね〜」
「あ、あぁ…」
 スピンは、何か言いたそうにしているドロッチェから半ば強引に器を受け取ると、逃げるように型を取りに行った。
 それならばと、ドロッチェは振り返ってディノに問いかけようとしたが、
 グラニュー糖の袋に興味を示していて、見向きもしない。
 一応団長なのに、この見事なスルーっぷりは何だろうか?
 ちょっぴり悲しくなってきた。
「ドク…何かあったのか?」
「いつものことじゃから大丈夫じゃよ。それより、これはこれぐらいで良いかの?」
「お、良い感じだな」
 ドクにも聞いてみたが、混ぜていたクリームチーズを目の前でみにょんと伸ばされた瞬間、
 ドロッチェの思考は、不可解なこと→お菓子へ切り替わった。
 さすがはドク、年の功である。
「次はグラニュー糖を混ぜていって、その後はヨーグルトを少しずつ加えながら混ぜるんだ」
「グラニュー糖は俺が入れてやる」
「あぁ。助かるよ」
 ドロッチェの許可を得ると、ディノは決して丁寧とは言えない扱いでグラニュー糖が入った袋を掴んだ。
 やけに優しく、普段ならありえない行為に、ドクは訝しげにディノを盗み見た。
 その瞬間、ドクだけが見える角度で、ディノはニンマリと笑った。
 無造作に袋を破ると、はかりの存在をまるっきり無視し、そのまま傾ける。
「分量なんて適当で良いだろ」
「ディノ!! ストーップ!!」
 ハッと視線を走らせたドロッチェが叫ぶより早く。
 重力に従って、白い粒子が大量に落下した。

 教訓:材料は分量をきちんと計っておきましょう。



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